小学校高学年  内容項目 社会的役割の自覚と責任

自作資料【大樹寺小学校 加藤雅己先生】

 

正夫は、6の1の環境係だ。同じ係の奈美といっしょに授業後、水そうの水かえを行っていた。そこへ、

「正夫、おれ、新しいゲームソフト買ったんだ。今から家でいっしょにやらないか?」

と、2組の明彦に誘われた。

「いいな、やりたいな。・・・ でも、これがあるからな。」

そう言って、水そうを指さした。明彦が他の子を誘うからと言って、教室を出ようとしたとき、

「やっぱり、行くよ。奈美、あと頼むね。」

と、明彦といっしょに教室を出て行ってしまった。

「ちょっと待てよ。」

奈美が止めたが、正夫はもう下駄箱の方まで走り去っていた。奈美は、仕方なく下校時間ぎりぎりまでかかって、一人で水かえをすませた。

 次の日、2時間目のはじめ、教室の中に山田先生のどなり声が響きわたった。

「こら、お前また忘れ物をしたのか。毎日、一つは忘れ物があるじゃないか。」

先生の前では、正夫が小さくなって、今にも泣きそうな顔でうなだれ、他のみんなもしかられていないのに下を向いている。それほど、山田先生の叱り方は迫力がある。

「正夫、明日忘れ物をしたら、授業後に運動場を10周。そのあと、漢字50ページだ。いいか、分かったか!」

正夫は、消えそうな声で答えた。

「やばいぞ。兄ちゃんに聞いたけど、山田先生は忘れ物にはとくに厳しいらしい。明日、忘れるとたいへんだぞ。」

席にもどると、となりの席の達也が小さな声で言った。

 その夜、夕食を終えてテレビゲームをしている正夫にお母さんは、

「ゲームばかりしていていいの。明日の用具はちゃんとそろえたの?」

と、注意した。

「あとでするからいいよ。」

正夫はそう言って、ゲームを続けた。

 

 次の朝、正夫は朝ごはんもそこそこに、大あわてで用具をそろえていた。ゆうべ用具をそろえずに寝てしまったからだ。

「何してるの。早く行かないと集合時刻に間に合わないよ。だから、昨日のうちにそろえなさいと言ったのに。」

お母さんに言われて、正夫は急いで集合場所の公園に走った。

 公園には、すでに班の子全員が集まり、みんなきちんと並んで待っていた。

「えらいじゃん。」

と言うと、となりの班の奈美が

「何を言ってるの。正夫君が遅いから、わたしが並べておいてあげたいのよ。それに、正夫君、一年生の守君を迎えに行くことになっていたんでしょ。さっき守君のお母さんが連れてきてくれたよ。しっかりしてよ。あんた班長なんでしょ。」

奈美は、正夫のランドセルにつけられている真新しい腕章を指さして言った。正夫は、(好きでなった班長

になったんじゃない)と思ったが、何も言わずに守君の手をにぎって、学校に向かって歩き出した。

  しばらくすると、同じクラスの孝志が猛スピードでこっちに向かって走ってきた。

「おい、孝志、どうしたんだ?」

「習字道具だよ、習字道具!」

それだけ言うと、孝志はあっという間に走り去って行った。

(しまった。今日は習字があったんだ。)正夫の頭の中に、先生の怒った顔と運動場を走る姿が浮かんだ。少しその場に立ち止まったが、すぐ振り向くと

「ねえ、ごめん。先に行っていて。あとで走って追いつくから。」

副班長の4年生の子にそう言うと、急いで家に引き返した。習字道具を持つと、自分の班を追いかけて走

ったが疲れてしまったので(もういいや。きっともう学校に着いただろう。)そう思い、途中から歩いてしまっ

た。

 

教室に入ると、すぐに奈美が走りよってきて、

「守君がけがをしたのよ。3丁目の交差点のところで車にぶつかりそうになって、よけたときに転んで足をすりむいたの。今、保健室で手当てをしているのよ。」

と、息をきらしながら言った。

「えっ。」

正夫は、ランドセルを置くのも忘れて保健室へ走った。保健室の前まで行って戸を開けようとしたが、なぜか入りにくくなって、少し開いている戸の間からそっと中をのぞいた。

「はい、もう大丈夫だよ。今日は、ちょっと痛いかもしれないけれど、すぐに治るからね。よかったね、すり傷ですんで。」

保健の先生の声にほっとして、守君を見ると少し涙ぐんでいた。そのとき、ほんの一瞬、守君と目が合ってしまい、正夫は思わず保健室の戸を閉めた。その日は放課で遊んでいるときも好きな体育の時間も、守君の顔が浮かび、すっきりした気分になれなかった。習字の時間、先生が、

「おっ、今日は一人も忘れなかったんだ。正夫もちゃんと持ってきて、えらかったな。」

と、ほめてくれたけれど、うれしい気持ちはしなかった。

 授業後、すっきりしない正夫は達也に、

「ねえ、今からぼくの家でゲームをやらない?」

と、声をかけたが、

「うん。やりたいけど、委員会の仕事が残っているから、今日はやめとく。ぼく、委員長だから。」

と、断られてしまった。(委員長かあ。)そうつぶやきながら、帰り道に正夫は3丁目の交差点で、守君が転んだあたりを見て立ち止まった。

夕食後、ゲームをしようとテレビをつけたが、ふと、横に置いてあるランドセルの腕章を見ると、スイッチを

切り、明日の用具をそろえ始めた。

「あら、どういう風のふきまわしかしら。前の日に用具をそろえるなんて。明日は雨かしら。」

お母さんに言われたが、正夫はひとりごとのように、何かを言うと、ランドセルに入れた用具を点検した。

 

次の朝、いつもより少し早めに家を出て、守君を迎えに行き、集合場所の公園に着くと、奈美が後ろから

「今日は早いのね。それに、守君もいっしょだし。」

と、声をかけてきた。正夫は振り向くと、

「さあ、守君行くよ。車に気をつけて歩いてね。歩ける?」

「うん。」

と、守君が笑顔で答えると、その手をしっかりにぎって歩き始めた。正夫のランドセルについている班長の腕章が、きらきらと光りながら5月の風に気持ちよさそうにゆれていた。