中学校1・2年生   内容項目  生命尊重

自作資料【六ツ美中学校 中川りえ子先生】

 今日は日曜日。絵美(14歳)は週末の課題をやろうと勉強机に向かった。両親は外出中で、家には弟の健太(8歳)がいる。どうやら時間も3時を回り、おなかをすかせているようだった。健太が台所に向かう音が聞こえた。

「おーい、健太。勝手におやつ食べちゃダメだよ。」

 そう声をかけ終わらないうちに、絵美は不気味な音に気がついた。次の瞬間、天地がひっくり返るような揺れが襲った。電灯がぎしぎしと揺れ、物が倒れる音がしたが、絵美は激しく揺さぶられ、立つことはおろか何もすることができなかった。

 

 揺れはどれくらい続いただろう。絵美が気づくと揺れはおさまっていた。

「ねぇ、健太!!地震だよ!大丈夫!?」絵美は叫んだ。

 台所へ行くと、食器が散乱し、足の踏み場も無い。そんな中、絵美は倒れた冷蔵庫の下敷きになっている健太を発見した。やっとの思いで引き出すが、右足が変な方向に曲がっている。意識ももうろうとしていた。絵美自身も額を切ってけがをしていた。血が流れてくる。彩のお父さんは医者だ。きっと助けてくれるにちがいない。

 

 外に出ると、まるで別世界だった。いつもあるはずの建物が無残に倒れ、所々から煙が上がっていた。病院にたどり着くと、すでに入り口には行列ができていた。絵美は健太を下ろし、病院の中をのぞいた。数人の医者と看護士が走り回っている。彩のお父さんの姿もあった。看護士は医者の指示で、色分けされたカードを患者の手にかけていた。トリアージタッグだった。負傷者を緊急度が高い順に赤・黄・緑・黒の4つに分け、タッグをつける。絵美は学校で防災学習の授業を受けていて、このタッグには見覚えがあった。命を守るルールだと教えられた。

 

 気がつくと医者がそばに来ていた。医者は絵美の額を見ると、一言「緑」と言った。ガーゼを当てられ、家に帰るように告げられた。健太は「黄」のタッグをつけられた。絵美は額の痛みをこらえながら、健太に付き添うことにした。

 

 どれくらい待っただろう。健太の意識は戻ったものの、痛みがひどいのか泣きわめいている。病院の周りには人がどんどん押し寄せ、自分たちよりも後から運ばれた人が次々に診察室に入っていく。手当てをしてもらえるのは、いつまでたっても「赤」のタッグをつけられた人ばかりだ。何時間経っただろう。辺りはもうすっかり夜だ。絵美はいけないと思ったが、健太の様子が心配でたまらず、病院の中にいる彩をたずねて、診察をしてもらえるように頼もうとした。

 そこに突然怒鳴り声が聞こえた。絵美を押しのけて男の人が病院に入っていった。

「おれは1番早くここに来たんだぞ!早く治療しろ!」

カーテン越しに病院の中をのぞくと、「緑」のタッグをつけた男が彩のお父さんへ詰め寄っていた。

 部屋の奥には誰かいる。「黒」タッグが見えた。女の子の泣き声が聞こえた。

「お母さん、起きて!まだ息してるよ!誰か、早く助けて・・・。」絵美は思い出した。「黒」タッグは治療されないということを。

 絵美は診察を頼むのをやめ、健太のところに戻ることにした。

 

 すると、彩のお父さんが、絵美に気づいた。

「2人とも無事でよかった。健太君は黄色なんだね。この人たちを治療したら、黄色の人たちを診てあげられるよ。もう少しがまんしててね。」

 絵美はほっとして、

「ありがとうございます。あの、彩はどこにいますか。」と聞いた。

 彩のお父さんは黙って部屋の奥を指差した。

すると部屋の奥にいた女の子がまた泣き叫んだ。

「お父さん。なんでお母さんを診てくれないの?死んじゃうよ・・・!」

振り向いた女の子は、絵美の親友、彩だった。